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01 月 21 日 ( 水 )

Dive #115 レジェンドたちとその次の世代の強さの根源を推察する

最初に書いておきます。

この稿ではスピアフィッシング、ソロダイビングといった現代では禁忌タブーとされているダイビングの概念を取り扱います。しかも単純に否定的に取り扱いません。

とはいえスピア・フィッシングを無条件に推奨・礼賛するわけでもありません。またソロダイビングを勧めるわけでは決して無いことを明記しておきます。

単純にそれらがどのように機能したか、について推察しています。それ以上の意図はありませんし、それ以下の意図もありません。

ぼくの師匠の世代や、それ以前のまだ指導団体がなかった頃のレジェンドダイバー世代は、超人と呼んでいいほどダイバーとして強い人たちです。もしかするとぼくたちなんかと違って、絶対に海では死なないんじゃないか?と思えるほどです。

Gemini にて生成

そんなレジェンド世代、レジェンドたちに直接育てられた世代を見ると、ある共通項に気が付きます。

  • ほぼ全ての人がスピア・フィッシャーだった
  • スピア・フィッシャーだったからソロ・ダイビングが常識だった

良い悪いではなく、かつてダイバーとはそういうものであったということです。

彼らはダイビングの歴史そのものなので、良いとか悪いとかそんな現代の価値観を超越しています。

今ぼくたちが常識としている基本的なダイビングのルールを定めたのは、実は彼らです。これから新しく生まれるダイバーのためにそれが必要だと考えた彼らは、基準をつくり、マニュアルを書いて出版し、指導団体をつくりました。必要だと考えれば海外の指導システムを導入しました。NAUI や PADI を輸入した世代は彼らです。

今のダイバーとしてのぼくたちの姿の原型は彼らが作りました。ですから彼らの血は、実は現代のダイバーにも流れています。本当に流れているのかはちょっと疑問ですが、そのことはちょっと横に置いておきます。

そしてある時彼らは、ダイビングが普及するためには銃を捨てなければならない、そう考えました。海水魚の生態図鑑を作り始めた益田一先生も、もともとは強烈なスピアフィッシャーでした。一緒に潜る仲間と水中で散開し、獲物を求めてソロで行動し、平気で -80m とかの水深に潜っていく、そんなダイバーでした。

でも益田先生を始め、やはりレジェンドである須賀次郎さん、その他名だたるレジェンドダイバーたちが集まって、自分たちがまず銃を捨てると決めたのでした。ダイビングが普及してダイバーが海で死なないためには、ダイバーは銃を捨てなければならない、彼ら自身がまず銃を捨てる、そこから始めたのでした。そしてこれから生まれるダイバーは海で死なないために銃を持ってはならないと決めたのでした。

と、ここまで書いてきて、いかん、ダイビングの歴史の話になり始めとる、と気が付きました。軌道をもとに戻します。ぼくの師匠世代やレジェンド世代がなぜ神がかった強さを持ったダイバーなのかという推察でした。もとに戻します。

ぼくが師匠を始めレジェンドたちが異常とも思えるほどに強いダイバーであったのは、スピアフィッシャーだったからではないか、と考えています。

もともとそのような概念がなかったとはいえ、スピアフィッシャーはバディシステムなどのことは意に介さず、単独で行動します。でもそんなことは当たり前です。獲物は自分のものにしたいのです。

スピアフィッシャーの行動原理は、他のダイバーと比較していかに自分がより仕留めるのが困難な獲物を仕留めたか、ということにあります。釣りをやる人たちと行動原理は同じです。

スピアフィッシャーにとって自分以外のダイバーは全てライバルです。ライバルですから、一緒に行動を共にして獲物を分け合う、という発想がありません。必然的にダイビングスタイルはソロダイビングになります。

そしてソロで潜る以上、ソロで潜るだけでなく、ソロで無事に水面に帰還して、己の成果、つまり獲物をライバルたちに見せつけなければなりません。つまりソロで潜り、ソロで生きて帰ることが大前提になります。生きて帰らなければ見せつけるもへったくれもないからです。

もちろんそのようなレジェンドたちであっても 1 人で潜ることの危険性は実際の仲間の喪失体験を通じて骨の髄までわかっていました。でもスピアフィッシャーのさがとしてソロをやめることはできません。だからこそ生と死のはざまを追求する訓練を自分や仲間に課して、これ以上すれば命を失うというラインを知るようにしていた、と考えることができます。

毎日最低 6000m のフリッパー訓練、5kg のウェイトオーバーになるネックレスをつけた立泳ぎ訓練、5kg のウェイトオーバーになるネックレスをつけたヘッドアップフィンスイム、立泳ぎ訓練で竹刀で沈める、立泳ぎ訓練でバケツの水をかけ続ける訓練、水中で後ろからバルブを閉めて対処させる訓練、後ろからレギュレーターを剥ぎ取り対処させる訓練、水中で後ろからマスクを剥ぎ取り対処させる訓練、そういった一見すると常識外れだとしか思えない訓練は、まさにたとえソロであっても海で死なないための基礎訓練だったと了解することができます。

でもそんな危険と隣り合わせの激しい訓練も、あくまで基礎訓練に過ぎません。彼らがダイバーとしてアクティブに活動していた時期は、マニュアルも指導団体も存在しません。「先生」や「師」と呼ぶべき存在はいました。でもダイバーを育てるシステムというものは存在していませんでした。

彼らは自分たちでなんとかするしかなかったのでした。

彼らの神がかった力の根底はそこにあるのだとぼくは考えます。ソロで潜り、ソロで無事に帰ってくる。そのための力を追求したのが彼らでした。そう思います。

だから彼らが作った安全なダイビングのためのレールの上にいるぼくたちが彼らにかなうはずがありません。彼らから見るとぼくたちはたとえインストラクターになろうと未熟な後進者です。彼らの作り上げた安全なレールの上で育っている以上、生死のはざまは見えません。見えないのだから、これ以上やれば自分は命を落とすというラインが見えません。見えない以上たとえインストラクターであっても、とても脆弱です。簡単に海で命を落とす存在です。

かといって彼らは自分たちが行ってきた過酷とも言える訓練を後進のダイバーには行ってはならないと考えました。なぜか。それは命を失いかねないからです。もっとはっきり言うと、多くの養成対象のダイバーが命を落とすことは、自分たちの経験から明らかだったからでした。わかっていた、だからやらない、と決めたのでした。

だから彼らは知識と技術、判断力、海を読む力をダイバーの基礎技能と位置づけました。それらを身につけるために基準を作り、マニュアルを作り、指導団体を作りました。

その延長にぼくたち全てのダイバーがいます。