いつも思うのだけれど、こういった現在の講習の意味と意義をきちんと言語化できる人って、やっぱりすごいなって。しかもぼくがいつも受けるような反発を受けてしまうようなまずい言語化ではなく、きちんと届くように言語化をされている。
PADI のインストラクターは昔のレジェンドレベルの人を除いて (申し訳ない)、こんな言語化に優れた人が多いので、ダイブマスターコースを受講していたときもすごく勉強になって影響を受けた。
ぼくは NAUI でやっていこうとしていて、指導インストラクターは NAUI と PADI のデュアルの人ばかりだったけど。でも彼ら彼女らが PADI に軸足の中心を置いていることは明白だった。でもぼくより年齢が若い PADI インストラクターの言語化能力は絶対に自分も取り入れたいと思っていた。
ぼくが Diving Spot Triton にお世話になっていた頃から NAUI っぽくないってちょっと指導団体のことを知ってる人には言われていたけど (笑)
だって当時ぼくの師匠は NAUI、BSAC、PADI、SSI のクアドラプルだったし、ぼくの一番身近だった先輩インストラクターは BSAC で、彼女の影響も色濃く受けていた。PADI の有能なインストラクターから影響を受けるのも必然だった。
なので今でもぼくは NAUI っぽくないってよく言われるけど、でもそれはぼくが必要だと思ったからだし、そもそも NAUI では基準より重要であると考えられている憲章には、より良く常に改善せよ、とはっきりと明記されている。なので他の団体のよいところを取り入れない理由はなかった。
なので自分は NAUI の NAUI らしいところを愚直に実行していると今でも思っている。NAUI の哲学を体現できているとはさすがに思えないが、その道の上のどこかにはいると思っている。
今の NAUI がその哲学を重視しているかどうかは知らない。かつては重視していた、ということは知っている。その後のことは周囲に NAUI インストラクター、アシスタント・インストラクター、ダイブマスターがいないので、まったくわからない。
ぼくが愛する NAUI の人たちはどこいった?(笑)
話がだいぶ横にそれたが、このダイブテリーズのオーナーさんにシンパシーと言ってしまうとおこがましすぎるので (年齢もぼくの兄くらいだし)、ブログ経由でいろいろ学ばさせて頂いてる。こういう人はいまは少なくなってしまった本物の1人だ。