師匠の弟子の Inst、DM、AI (元 Inst、元 DM、元 AI も含む) が当人たちのファンダイブ (つまり仕事じゃないプライベートダイブ) を終えて港に着いたときなんかに、唐突に各自の失敗のイジリ合いが始まることがあります。もちろん笑いあいながらですよ?仲間内のイジリ合いなので。
たとえばこの前の串本でそんなつもりはなかったけど、ぼくがイジリ合いの口火を切ってしまいました。
画像の赤矢印のところに長くてやや細めの樹脂製の筒がぶら下がっていることがわかると思います。これってボートフェンダー、あるいは単にフェンダーって言います。
なんでこんなものがぶら下がっているのかと言うと、ボートを守るためなのです。
当たり前ですれど、ボートは水に浮いています。なのでそのままだとボートは簡単に動いてしまいます。
実際にロープを手で引っ張ってやるとわかりますが、何トンもあるボートがたった一人の人間の手でいとも簡単に動きます。
つまりそのままだと、ボートは港で簡単に動いてしまって、突堤の岸壁や他の船にゴンゴンぶつかってしまいます。当然ボートは傷だらけになりますし、相手のボートにも傷が入ってしまいます。フェンダーは岸壁や他のボートにゴンゴンと直接ぶつかることを防いでくれます。
なのでフェンダーというのは、ボートを長持ちさせるためにも、とてもたいせつなものなのです。
ぼくは今、協調運動障害っていうのがあって、ボートから突堤に戻るときに転倒しやすく、四つん這いになって突堤に這い上らないと、安全に陸地に戻れません。それでボートが港に帰ってきて接岸して、ボートから降りようとしていたときに、とある DM さんが気を利かせてボートと埠頭の隙間をなくそうとして、善意で外にぶら下がっていたフェンダーをボートの上に乗せたのですね。
「うぉっ、だめだめ、すぐ戻してください」って外に戻してもらったのですが、なんでかわかっていない様子だったので「それ、ボートの上に上げちゃうと、ボートが傷だらけになって傷んでしまいます」って言ったらやっとわかってもらえたようでした。
それでぼくは港に上がってから「こまった、こまった、こまどり姉妹。そういえば DM でも、なんでこのタイミングでフェンダーを下ろして、なんでこのタイミングでフェンダーを上げるのかわかってない人って多いですよねぇ」とかニヤニヤしながら言うわけです。
そいうときはイジリのターゲットになってる人は画像のように「いやーん、言わないで」とか言いながら身悶えながら、みんなにイジられるのを楽しむわけです。
つまり内輪だけにしか通じないコントを楽しんでるわけです。
ちなみにフェンダーは港ではたいてい外に下ろします。なぜかというと、さっき書いたようにボートが傷つかないようにするためです。でも港の中であってもボートが走っているあいだは、ボートの内側に上げておきます。
ボートが走っているときは波を必ず受けます。もちろん港の外のほうが激しく波を受けます。そんなときにフェンダーを外に下ろしていると、波でブンっとフェンダーがボート内に吹き飛んでくることが多く、いくらロープで船体に繋げているとはいえ、ゲストがいるときなどは危険だからです。
一方ボートがダイビングポイントに着いてアンカリングを済ませた後はフェンダーは原則的に外に下ろします。ダイビングの準備やエキジット後のバタバタ時に邪魔だからです。ときには踏んづけて転ぶ人もいて、ボートから転落して落水するリスクもあり、やはり危険だからです。ボートの上は狭いのです。
あとエキジットのときにラダーのそばのフェンダーが、エキジットの邪魔になりそうだというときはそのフェンダーだけボートの上にあげたりもします。そんな具合に、フェンダーはけっこうな頻度で上げたり下げたりします。
仕事としては無意識にしてしまうほどには、労力もほとんどなく、誰でもできる大したことがない仕事なのですが、やはりゲストの安全という点では大事な仕事だったりします。
でも仕事で DM をしたことがない DM さんだと、こういったことがわかんないのですね。やったことないし。それ以前にそれが必要だって理解できるだけの経験がない。
スタッフだった経験がないから、ぼくらが目の前でやってることが見えない。ボートの上で他の Inst、DM、AI が何をしてるのかもぜんぜん見えない。ぼくらがなぜそれをしているのかなんて当然わからない。それは仕事の経験がないから、目の前の出来事がまったく何も見えないからってことになります。船長に「お前 DM のくせに何ボーっとしとんねん!!」って怒られるって経験すらないし。
でもこれって仕方ないことなのですね。だって仕事で DM やったことがないわけだから、変な表現になりますがプロとしては素人なわけです。簡単に言えばファンダイバーと何も変わらない。
よく Inst になってからが本番、DM になってからが本番、AI になってからが本番、仕事にしなけりゃ本番が始まらないと言われる所以です。やっぱり仕事でやらないことには、見えてこないものはどうしても見えてこないのです。
実際にゲストのヒヤリハットにまったく気が付かない Inst、DM、AI ってそれなりにいますし。仕事にしないとダイビングの怖さ、ゲストの怖さ、そして自分自身のダイバーとしての危うさなんて普通はわかりません。プロとしての経験値が 0 なので仕方ないのですけれど。
そんなこともあって、稀にですが AI や DM よりプロとしてはレベルの低い Inst がいたりもします。でもこのレベルが低いというのは、仕事として Inst、DM、AI をやっていたり、かつてどっぷりとやっていた人間から見た場合の話で、一般のダイバーから見たらやっぱり頼もしい存在です。ダイバーとしてはベテランですから。
でもぼくらから見るとどうしても、Inst、DM、AI なのに自分だけそこそこ安全に潜れてるだけやん、としか見えない。ちょっと一緒に仕事をするには怖い存在だったりします。ゲストのことが何も見えてないから。あの状態で仕事の真似事を始めたら、ゲストを死なせてしまいそうって、やっぱり思っちゃうわけです。
そういう人たちは、ぼくたちのイジリ合いの輪にはどうしても入れなかったりします。内輪だからというだけでなく、なぜイジられるのか、イジられてる側が「わかってるねんで、わかってるねんで」って反応してても、なにがわかってるのかがわからないので、やっぱり入れないのです。別に聾桟敷に置いてるわけではないのです。
なおぼくも当然イジリの対象になります。そのときはやっぱりぼくも画像のように「いやーん、言わんとって」ってケラケラ笑っているふりをしながら道化を演じていても、内心は冷や汗をかいているわけです。
一度仕事としてのダイビングに脚を突っ込んでしまうと、自分自身に対してもいろいろ見えてしまうのです。うわぁ、やってもうた、たぶんみんなに見らてる、って感じで冷や汗状態に。
でももし本当にイジられてる本人が、自分の失敗の意味がわかってなかったら、自分たちのファンダイブの場であっても、それこそ師匠のモードが突然説教モードに切り替わって、その場の空気が一瞬で凍り付きます。
どこでもそうなのだと思いますけど、やっぱり師匠が怒るとみんなシャキッとするのです。やっぱり師匠は師匠だし。
そんなときでもぼくは思ってしまうのです。きっと師匠はボートのその日の最終チェックをしながら、こいつらはほんま気楽でええな、ってきっと心の中でため息ついてるって。