以前ここにも書いた通り 1999/03/21 の串本住崎エア切れ事件でぼくは、ダイビング自体をできなくなってしまいました。
潜れなくなってしまったのはエア切れ自体が原因ではありませんでした。エア切れによりゲストを水中に置いたまま緊急浮上してしまった自分自身の愚かさへのショックと後悔でダイビング自体ができなくなってしまったのでした。
そのあたりのぼくの心境とかは上のリンクを読んでいただければわかるのですが、今日の雑記の主題はそれではありません。当時エア切れ自体に恐怖感を持ってなかったのです。水深 -15m で。
今日は当時、水深 -15m でエア切れを経験して、なぜ恐怖心がなかったのか、なぜ落ち着いて緊急スイミングアセントに移ることができたのか (浮上してから自分がしでかしたことに血の気が引きましたけれど)、そんなお話をしていきます。
そんな話をするわけですが、大事なことを先に述べておきます。
レクリエーショナル・ダイビングに限らず全てのダイビングにおいて呼吸ガス欠乏、つまりエア切れは最悪の事態です。絶対に避けなければなりません。
最近 PADI でオープンウォーターを取った方なら、エア・マネージメント/ターン・プレッシャーなどのテクニカルダイビング由来の概念を含む潜水計画を学んでいるはずです。
ぼくはずっと NAUI でやってきたので PADI のこの最近の動きのことを最近まで全く知りませんでした。
潜水計画にダイブテーブルだけでなく、呼吸ガス管理の概念を組み込むこの PADI の動きは、安全なダイビングを計画する上で非常に重要です。
ですから PADI ダイバーに限らず、あらゆるダイバーは、この新しい動きを学んで自分自身のダイビングをバージョンアップするべきです。
当時の自分のことを棚に上げることになりますが、ダイビングで呼吸ガス欠乏は絶対にあってはなりません。呼吸ガス欠乏はダイビング計画の段階から取り組むことが非常に重要です。
理論上はダイビング計画とそれから逸脱しないことで、かなりの安全を確保できます。全てのダイバーが学ばない、取り入れない理由はないと言えます。
そして全てのダイバーが呼吸ガス欠乏という最悪の状況に陥らない習慣を身につけることはとても重要です。これからのスタンダードと言っても過言ではありません。
新しい習慣を身に着けて、より安全にダイビングを楽しみましょう。
それでは始めます。
そもそも呼吸ガス欠乏とはどういう物理現象なのでしょうか。
そんなことはわかりきったことじゃないか。残圧が 0 になることだよ。シリンダーの中の空気がなくなるってことだよ、そのようにおっしゃる方が多いと思います。
間違いではないのですが、もう少し細かく見ていきましょう。オープンウォーターで学ぶことの復習になります。
わたしたちは通常地上で 1 気圧の空気を呼吸しています。地上でレギュレーターを咥えて呼吸しても肺に入ってくる空気は 1 気圧です。もし地上で 2 気圧の空気を強制的に吸わされてしまうと、ぼくたちの大事な肺胞はやぶけてしまいます。これがどれだけ危険なことかはダイバーであればどなたでもご存知かと思います。
さて、海中では水深が 10m 深くなるごとに 1 気圧ずつ圧力が増えていくのでした。そしてぼくたちダイバーはレギュレーターから出てくる周囲の圧力と同じ気圧の空気を呼吸しているのでした。
ぼくたちダイバーはダイバーになるための最初の講習で絶対圧とゲージ圧という言葉で圧力を学びます。
水深 0m の圧力は 1 気圧で、水深 -10m の圧力は 2 気圧、-20m だと 3 気圧と増えていくことは覚えてらっしゃると思います。この 1 気圧、2 気圧、3 気圧のことを絶対圧と呼ぶのでした。絶対圧が 0 というのは、それは真空であることを示します。
ですからぼくたちダイバーは絶対圧で呼吸しています。からっぽの 10 リットルのスチール製、あるいはアルミ製のシリンダーから空気を吸って、シリンダー内部を真空にできる人はいないと思います。
それでは質問です。ダイビングの最初の講習で学ぶ絶対圧とゲージ圧は同じものでしたでしょうか?
そうですね。違うものでした。
それでぼくたちダイバーにとって最も大事な計器である残圧計が示すシリンダー内の圧力は絶対圧、ゲージ圧のどちらを示すのだったのでしょうか。
はい。その通りで残圧計が示すのはゲージ圧でした。
このことは地上で残圧計が示す 0 気圧は、絶対圧で 1 気圧を意味します。水深 -10m で残圧計が示す 0 気圧は絶対圧で何気圧でしたか?はい。2 気圧ですね。水深 -20m で残圧計が示す 0 気圧は何気圧でしたか?はい。3 気圧ですね。
そして、これを経験するダイバーはあまりいませんが、残圧計が 0 気圧を示しているとき、呼吸ガスの供給は止まりますが、なぜ呼吸ガスの供給が止るのかというと、シリンダーやレギュレータ内のガス圧がその水深での絶対圧と等しくなるからでした。
シリンダー内の圧力が周囲の絶対圧より低くなるような、まるで人間コンプレッサーのような鋼鉄の吸引力を持った人間はこの世に存在しません。
これが残圧計が 0 気圧になるということの意味でした。
ここでぼくがエア切れを起こした水深 -15m を思い出してほしいのですが、このときシリンダー内には 2.5 気圧という絶対圧の空気が入っています。でも周囲の絶対圧が 2.5 気圧だから吸っても吸っても空気は出てこないわけです。
このシリンダーから空気を吸うことなく水面に浮上したとします。さてここで質問します。
水面にぼくが達したときにこのシリンダーから空気は出るでしょうか。おわかりになるでしょうか。
答えは出る、ということになります。それはなぜかというと、シリンダー内の絶対圧が 2.5 気圧なのに対して、水深 0m の水面の絶対圧は 1 気圧だからです。
水面に戻れば絶対圧で 1.5 気圧の余剰空気があることになります。だから水面に脱出できれば 1.5 気圧分の空気は呼吸することができるわけです。
それでは 1.5 気圧の空気というのはどれくらいの量なのでしょうか。これは簡単に求めることができます。1.5 にシリンダーの容量を掛けてやれば何リットルの空気が水面で呼吸できるのかが計算で出てきます。
もしシリンダーの容量が 10 リットルであれば、水面に生還した場合は水面で 15 リットルの空気を吸うことが可能です。
成人男性の肺活量が 3.5〜4 リットルと言われていますから、15 リットルあれば楽勝じゃん、普通に呼吸しながら浮上できるじゃん、そう思われるかもしれません。ですれけども話はそう単純ではありません。
思い出していただきたいのですが、ぼくたちダイバーはその水深での絶対圧の空気しか吸うことができません。ですから先程の 15 リットルという数字は、あくまで水面 1 気圧の絶対圧環境での 15 リットルです。水中での 15 リットルではありません。
実際に水深 -15m でエア切れを起こしたぼくは、緊急スイミングアセントで水面に達するまでに 1 呼吸は途中でできるかもしれない、と水深 -15m で思いました。
水面に達するまでに 1 呼吸できるとありがたいな、と。
そして実際に水深 -3m あたりで試したところ、ズルズルっとですが少しだけシリンダー内の空気を吸うことができました。
このとき水深 -3m でぼくがどれくらいの空気を吸うことができたのか計算してみます。
エア切れを起したときのシリンダー内のエアの絶対圧は 2.5 気圧でした。そして緊急スイミングアセントを行なって、水深 -3m に達したときの絶対圧は 1.3 気圧になります。
つまり水深 -3m で、ぼくは 1.2 気圧のエアを吸うことができることになります。これを体積にすると 12 リットルになりますが、これは 1 気圧環境下での話になりますから、水深 -3m では 12/1.3 ≒ 9 リットルの空気を吸うことが単純計算上はできることになります。
でもぼくはそのとき 9 リットルものエアを吸うことができていません。おそらくは 2 リットルかそこらです。
なんでそうなるのかというと、それはレギュレータがバランスピストン式だったからといのが最もぼく自身が納得のいく解となります。
それではバランスピストン式のレギュレータがだめなのかというと、これまた一概にはそうとも言えません。
というのはバランスピストン式のレギュレータというのは残圧が本当に 0 に近づくと、エアを吸うときにまるでストローで吸っているかのように、ズルズルっとしか吸えなくなります。これにより、この 1 呼吸が最後の呼吸だということがわかってしまいます。
ぼく自身のエア切れ体験はこのときの 1 度きりでしたので、バランスダイアフラム式のレギュレータでエア切れを起こすという体験はないのですが、バランスダイアフラム式のレギュレータは、吸気抵抗の変化もなくエアが止ると聞きます。
水深 -15m で不十分とはいえ 1 呼吸吸ってから緊急スイミングアセントに取り掛かるのか、それともエアを肺から吐いた状態で緊急スイミングアセントをスタートするのかでは、余裕の感じ方が全く異なります。
ぼくが今でも思うのは、もしレギュレータがバランスダイアフラム式で、水深 -15m でいきなり止まった状態で緊急スイミングアセントに移っていたら、もしかすると水面に達することなく溺れ始めていたかもしれません。もしかしてそのときに水面に戻れたのはレギュレータがバランスピストン式だったからかもしれないと思うのです。
水面に戻った直後からずっと水面になんて戻れない方がよかった、と泣きながらずっと思っていたのですけれど。でもまぁ、そのとき、ぼく以外の誰一人として危険な状況にはなってなかったのはよかったと今でも思います。
オクトパスブリージングやバディブリージングは?という質問は当然あるかと思います。でもぼくと一緒に受講中だったアシスタント・インストラクター候補生のバディの彼も残圧が 10 だったのです。なので緊急スイミングアセントしか選択肢がありませんでした。
今から思えば、まだ残圧が 40 ほどあるときに、ぼくと彼の残圧だけ異常に少ないことに気がついていたのですから、後で理由はいくらでもでっち上げることはできるのだから、さっさと全員揃って浮上しろって話ではあるのですけど。
ぼくと彼の残圧が異常に少ないことに気がついてから、周りの人、ぼくたちの指導インストラクターですら気が付くことができずに、ぼくは1人静かにパニックになっていたんだなと今ならわかります。
あのとき水中で 1 発、ぼくをぶん殴ってくれる人がいたら、ハッと我に返って、全員で浮上を始めてたよな、と思わなくもありません。
あのとき浮上して宿に帰ってから、ぼくを言葉でいいのでぶん殴ってくれる人がいたら、ぼく以外のだれも危い目にあっていないのだから、あそこまで精神的にダメージを受けることもなかったんだろうなと思います。
なにせ再度潜れるようになるまでつい先月までかかり、潜れないまま 21 年もの歳月がたってしまったのですから。
でもそれが甘えだということはわかってはいるので、やはり今でもこんなやつがインストラクターなどになるべきじゃないって考えは変らないのですけれど。