The road Orz passed by 2026 年 10 月
10 月 06 日 ( 火 )
Dive #224 ダイバーとしての個人史 #5 ぼくにとっての NAUI への信頼
ぼくらの世代は講習が終わってからも、そのまま同じショップのツアーに参加し続けて、現地でのヒアリングの仕方、エントリー前に地形や海の状態をどう読むのか、水中でどんなときに止まるのか、何を確認するのか、何をどう判断するのか、行くのか引き返すのか撤退するのか、そんな様々なことを教わっていた。
昔の NAUI のマニュアルには (まだナウイエンタープライズって会社ではなかった頃) 講習修了後のツアーも継続教育だって記載されていたから、そういうものだと思ってインストラクターから海のことをいろいろ教わっていた。
そんなだったのでぼくのバディダイブデビューは 30 本目になる。
今のダイバーやインストラクター、ダイブマスター、アシスタントインストラクターにバディダイブデビューが 30 本目だと言うと、おそらく炎上状態になる。何を考えているのかと。
でもね、当時は早い人だと講習を終えた途端にバディダイブなんてのもあって、ぶっちゃけ言う言うけど当時の講習は 3 日で取れますよ、なんてのはあり得なかった。
基準を満たせないなら講習は終わらない。補習が続くのが当たり前だった。できるまでやらせる。それが NAUI の Open Water の講習だった。CMAS や JUDF、JP などの他の団体も同様だったけど当時の PADI のことは知らない。
今から考えるとひどい言いようだけど、当時はきちんとダイビングを身に着けたいなら PADI はやめとけ、なんてことを言う人も多かった。後に PADI ダイバーや PADI のインストラクターと懇意にする機会があって、いや、PADI も変わらんやん、って思うようになったけど。
それどころかいろんな団体のダイバーがやっぱり普通で特に劣ったところはないし、インストラクターなども同様。みんなやるべきことを当たり前にやっている。
もちろん後に C カード協議会なんてのもできるけれど、ぼくはそれよりも前に指導団体なんてポリシーが違うだけでどこも一緒って思うようになった。違いなんてねーよって。
指導団体関係なく仲良くなったし、どこどこの指導団体はダメだって言うやつを信じなくなった。寝言は寝て言えって。目を覚まして事実を見ろって。
それはそれとして、ぼくはツアーに参加しながら、インストラクターにいろんなことを教わっていた。
印象に残っているのが白浜の梶原島で下の図みたいに水中で引率インストラクターに止められたこと。水路上のところを出る直前でぼくとバディの児島さん(仮名)は坂下インストラクター(仮名)に止められた。
なんなのかと思ったら、水路の先を見ろって。
水路の先を見て安全かどうか、きちんと確認しろ、って指示された。
OKだったらGoだ、って。
他にもいろんなことを教わった。こんなときはこうするんだ、っていうことを山ほど。
まるで兄貴のような坂下インストラクターは、作業ダイバーでもあったので、とにかく海に強かった。海のことは陸の上でも水中でも、なんでも教えてくれた。
だから坂下インストラクターも、ぼくのダイバーとしての基礎をつくった多くのインストラクターの一人になる。
ぼくは NAUI を信頼しているけれども、それは NAUI というブランドへの信頼ではなく、これまでぼくを育ててくれた NAUI インストラクターへの信頼ということになる。ブランドへの信頼ではなく人に対する信頼なので、そう簡単には NAUI からはなれられないのだった。
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