The road Orz passed by 2026 年 09 月

09 月 18 日 ( 金 )

Dive #218 ダイバーとしての個人史 #5 最初の NAUI ITC へのチャレンジと坂口くん

とても懐かしい、でも NAUI 激動期のことが書かれている。

この刈間さんの寄稿に懐かしいお名前が登場する。画像のキャプションにちらりと書かれている下村コースディレクターだ。

下村さんは、スタッフの全員一致でぼくが落とされた 1994 年 NAUI ITC のコースディレクターだ。

全員一致でぼくが NAUI インストラクターになるべきでないとされたことは、スタッフの倉田さんからぼくの師匠に伝えられ、そしてぼくに伝えられた。

その時の ITC スタッフが現在の日本安全潜水教育協会 (JCUE) 会長の山中さん、現 NAUI コースディレクターで須江ダイビングセンターオーナーの倉田さん、当時の女子日本フリーダイビングチャンピオンの松元さんというそうそうたる顔ぶれだった。

つまり、このそうそうたる顔ぶれ全員から、当時のぼくは NAUI インストラクターとして適さないと判断されたことになる。

不満がないかというと、はっきりいって「ない」。

というのは危険なダイバーを減らしたいと願ってインストラクターや開業を目指していたとは言え、当時のぼくはインストラクターとはなんなのかということをまったくわかっていなかった。

もしかするとダイビングというものがなんなのか、ということすら理解が不十分だったのかも知れない。

今ならはっきりとあの時のぼくでは落ちて当然だと言えてしまう。

ITC の最初の 2 日間でこれはぼくが太刀打ちできるようなものではないと認識した。

同じ候補生として参加していた坂口くんという男の子がいた (男の子と言っては失礼だが)。彼はすでにインストラクターとして、ほぼ完成されていた。

ITC 参加者の中では彼のインストラクターとしての完成度は群を抜いていた。

彼は、ぼくが尊敬し、それまでぼくを指導してくれた数々の NAUI インストラクターとなんら変わりなかった。

ぼくは ITC の 2 日目に、彼のようにならなければならないと理解した。

なのでぼくは自分がインストラクターとして認定されることはないことを 2 日目で理解してしまったので、ITC に参加しながら坂口くんをひたすら観察することにした。彼から少しでも盗んでそれを持ち帰ろうと思った。

ITC の最終日、下村さんは最後のぼくとの面談で坂口くんのことに触れて「資質なんだろうな」と呟いた。

ぼくは違うんじゃないかと思うのだけれど。

坂口くんはたぶん所属するショップで叩かれ、苦労して現場で必要なあれこれを身に着けてきたようにぼくには見えた。才能や資質はあったのだろうけど、それだけでは、ああはなれない、そう思った。

だから、ぼくは彼からいろいろ盗んで学び取りたいと思った。

彼が持っていたものを持ち帰れたのかというと、いささか心もとないのだけれど。

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