The road Orz passed by 2026 年 08 月
08 月 28 日 ( 金 )
Dive #209 認知飽和序説 Part 1 〜序章〜
書いてまとめておかないといけなことがある。
ぼくが認知飽和と呼ぶ現象。
正確には認知飽和ではなく(もちろん認知飽和も同時に起きている)、認知過負荷による思考・判断能力の著しい低下、場合によっては実質的な喪失ということになる。
この現象についてまとめることでやっと初めて 1999 年 3 月 21 日の和歌山県串本町住崎でぼくがやってしまったインシデントに対して分析・解析に終止符を打てると思う。
そしてたぶんこれはダイビングの現場で、そんなことを起すはずがないと思われてるインストラクターであっても現場で陥り得る困難を説明することになると思う。
本来一般のダイバーよりも高度な能力を持つインストラクターがなぜトラブル発生時におかしな言動をするのか、何故ミスを犯すのか、その説明の一つになると思う。
人間の限界、そしてヒューマンエラーの根源を語ることで、その対策に何が必要になってくるのか、将来の誰かがそれを引き継いで対策手段を構築するのを期待したい。
だからそれを言語化する1番近い位置にいるぼくが、それを遺すのはぼくの責務なんだと思う。
ぼくはマニュアルを書く能力は IT 分野以外ではないので、これまで通り「語る」ということでこの現象について説明していこうと思う。
インストラクターといえども人間であって完全無欠なプログラミングされたマシンではない。
そしておそらくダイブチームを集団としてみたとき、個々のダイバーの自律はそうあるべき哲学などではなく、ダイブチームの中での認知負荷の一極集中を減らし、チーム全体の認知負荷の適切な分散を促し、チームの安全に寄与するシステムの一部なのだと言えそうだ。
だからこれまでのぼくの考えは局所的だったと言える。自律は個々のダイバーの安全性の向上を目指すものだと考えていたし、基準を前提とするダイバーの本来の姿だと認識していた。それは間違いではないが、もっとその概念と役割を拡張する必要があった。
個々のダイバーの自律は、チームで行うことを前提とするダイブシステムの機能維持を担保する必須の要件なんだと今なら言える。
そしてその人がまだ自分自身で担えない認知的タスクを、誰がどれだけ肩代わりするのか。そして自分自身で自分の認知的タスクを担えるようにその人を育て、支えていくのか、その設計も合わせて再び考える必要も出てきそうだ。
だからまた繰り返すが、ダイブチーム全体の安全が破綻しないために、全てのダイバーは自律を目指さなければならないし、その途上にあるダイバーは助けを得ながらさらに能力向上を目指さなければならない。そういうことなんだろう。
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