The road Orz passed by 2026 年 08 月
08 月 25 日 ( 火 )
Dive #208 1999 年 3 月 21 日和歌山県串本町住崎インシデントの振り返り
1999 年 3 月 21 日の住崎でエア切れからゲストを置き去りにして緊急スイミングアセントで自分とアシスタントインストラクター候補生の I さん二人だけが水面に戻って、それからぼくは潜れなくなった。
それって結局元を正せば、危険な行動をとるダイバーを無くしたいって思ってインストラクターと開業を目指したはずの当の本人が、ゲストを水中に置いてきぼりにするなんてことになって、そのことの精神的なダメージがでかすぎた。
あの日の夜、あのまま住崎の水底で死んでしまっておけばよかったって泣いてたから。だれも事故にはなってなかったけど、引率していた人を殺したとしかぼくには思えなかったから。ぼく以外の誰も危ない目にもあっていないのに。
あの日からぼくはもうダイビングなんかする資格はないって思っていたから潜れなくなった。
でもあのぼくの住崎での水中での認知飽和が何故起きたのか、なぜ RMV 22.11 なんて異常なエア消費だったのかを突き詰めて考えると、やはり当時にプロ養成システムの未成熟と、それらが整備されていく過渡期、そして多くのインストラクターはプロの養成をどう構成、設計、運用していけば良いのか、その具体的な方法をまだ知らない人が大半だった、という歴史的背景に帰結する。
そんな背景の中でメタな「まだまだ」だとか「想定ができていない」とかの評価はあったけれど、その具体的な内容の指摘が一切なく、手探りで何もかもを理解しないといけない、理解が外れたら0からやり直し、それが年という単位で繰り返されて、徒弟制度と異なってロールモデルも存在せず、孤独に段々と追い詰められてったのが 22.11 という数字だとの理解に至った。
養成する側も養成される側も皆手探りだったのだ。
だから JCUE 会長が某サイトでゲージの確認を忘れるなんて Open からやり直せ、ってもっともなことを書いていてその通りなのだけど、でも多くの指導団体トップは、認知飽和がダイビングでも起こり得るってことをわかってはいない。
航空、公共交通、医療、福祉などで起きることはダイビングの世界でも起きる。図らずもぼくがその例になってしまった。
だからぼくは単純なエア切れ体験ですら未熟と雑に切り捨てるのは間違ってると思う。
だってぼくも I さんもゲージを見て自分たちの残圧が異常に少ないことは認知はしていたから。でもその後頭の中が真っ白になって即時浮上を開始するという当たり前の行動が二人共とれなかった。
ゲストをなんとか無事ボートに送り届けないと、ただそれだけが頭の中を占めていた。自分の安全のことなんか頭の中からきれいさっぱり消えていた。
現役のアシスタントインストラクターでダイブマスター候補生のぼくと、アシスタントインストラクター候補生の I さんなのにだ。
航空機事故で見られるのとまったく同じような、思考不可能になる認知現象が、ぼくと I さんの身に起きた。
だからどんな事故やインシデントでもそうだけど、単純に当事者が未熟だったと切り捨ててわかった気になってはいけないと思う。それは本当の原因を理解する妨げにしかならないから。
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