The road Orz passed by 2026 年 07 月
07 月 19 日 ( 日 )
Dive #179 安全文化の外側で
以下某東京の大手ダイビングショップの動画を見ていろいろ思い出した。
実際にぼくは少なくない数のパニックダイバーを見てきたし、ぼくがダイブマスター候補生のときにガイドをしてたときも、ショウガセの -40m でパニック状態になりかけてたゲストのサポートは身の危険を感じながらしてきた。まぁショウガセでは7回だけだけど、毎回パニックに近い状態になる人がいた。
当時、打ち合わせで教えといてよ、って思ってたけど、この人は気をつけてなんて話をしてもらったことは一度もなかった。
それまでアシスタント・インストラクターとしての実務経験があったからフォローアップできたけど、そういう経験がないダイブマスター候補生だったら、7回とも事故になってたかもしれない。
そんなゲストであっても、水深を上げたら普通に潜ることができていたので、多分だけど窒素酔い由来のパニック状態なんだと思っている。ボートや陸に戻っても記憶すらしていなかったし。
でもパニックダイバーって師匠の店を手伝わせてもらっていたとき、もちろん育ててもらっていたときも含めて、実は見たことがなかった。
例外が本業の東京出張時にプライベートで潜っていた Open Water I だった頃。その当時、東京のダイバーって無茶苦茶や、そらたくさん死ぬやろ、ってその時は思った。
でも大阪に帰ってからも師匠の店のお客さん以外は、たいがい無茶苦茶だった。こんなん放置してたら、この人らは海で死んでまう、って思ったのがインストラクターと開業を目指すようになったきっかけ。
ぼくがよく言うお客さんに通常一見さんは含まない。常連さんはトラブルを起すことは一切なく2、3年でベテランと言える状態になった。
オープンの講習だけ受けてそれから二度と店に来なくなった人もたくさんいたけど、その人たちが順調にダイバーとして育っていったのかどうかは当然知らないし、たまにやってくる一見さんは、なぜか危ない人が多かったという印象がある。
ブリーフィングは聞かない、やんわりとだけどそれは危ないですよ、っていう忠告も無視する、危険な行動と発言をエスカレートさせる、そして危険な言動を他の人にも広めようとする、そいう人はいたし、なぜかだいたい一見さんに集中していた。
そういう人はそれほど時を置かずに店から消えていった。それは当たり前で、危険な言動を繰り返していたら常連さんは怒るから。
だから危ない言動をする人は自然と店から消えていった。
師匠が一度大阪近郊の店を畳んでどこにいったのかわからなくなった時期があった。もっと海に強くなりたかったぼくは、仕方なく別の店のダイブマスターコースを受講することにした。そこは一見さんウェルカムだったのかどうかは知らないけれど、ほとんど常連と呼べる人がいなくて、ゲストは一見さんしかいないって感じの店だった。
まぁ大変だった。自分で安全に潜ろうという意識のある人がほとんどいない。NAUI ITC の問題解決の課題で ITC 期間中ずっとスタッフに無茶苦茶されるけれど、それ以上が常態って感じで、ITC は死なない人が仕掛けてくるから良いのだけれど、外の世界は本当に死んでもおかしくない人たちが無茶苦茶やっているので、外の世界はこうなのか、と割と短期間で理解した。
安全に潜ろうと考えない、徹夜で酒を飲んで平気でダイビングに参加する、など問題を抱えるダイバーが押し寄せる店でダイブマスターコースを受講することになって、それまで当事者としてのパニックダイバー遭遇率が0%だったのが、一気に激増した。
そんな中で師匠の店では存在したフォローアップ、師匠や同僚によるフォローアップも一切存在せず、ダイブマスター候補生に対するまともなブリーフィングもない中で、準備ができてないとかまだまだとかのメタレベルの評価だけで、実際に何がどう問題だったのかというフィードバックも一切ない。
金はもらう。評価もする。でも何も教えないっていう状況が延々と続いていた。
自分1人で考えて自分1人で世界を救え、と言われてるようなもので、たった1人で世界と戦争しているのと何も変わらず、限界を迎えるのは時間の問題だった。
そしてだんだんと追い詰められていって地雷だらけの世界でそれらの地雷が一気に炸裂したのが 1999 年 3 月 21 日の住崎になる。
「パニックなんてまずない」
……その言葉を聞くと、自分が師匠のもとではない世界で経験した世界とのあまりにもの大きな違いを強く感じてしまう。
ぼくの2つの世界の経験からは言えるのは、やっぱりぼくたちは、常連さんのスキル、判断力、安定性に間違いなく助けられてる。
最近師匠と再会したときに師匠も、40 年インストラクターを続けてきたけれど、お客さんが事故にだけはならなかったのは本当にありがたいことだよな、事故を経験することなくキャリアを終えることができそうなのはお客さんのおかげだよな、と言っていて、それにぼくは激しくうなずいていた。
だから安全を大事にする文化、ダイバーとして成長しようとする文化の中で育った常連さんに囲まれる状態は大切にしたほうがいいと思うし、これからもそうしていきたい。
危ない言動をするダイバーを減らしたいと願ってインストラクターや開業を目指したけれど、何をしても届かない人には届かない、今ではそう考えている。諦めているとも言えるのだけれど、そうしないとこちらがもたない。
1人で戦争はできない。
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