The road Orz passed by 2026 年 06 月
06 月 25 日 ( 木 )
Dive #172 未知の無呼吸状態への耐性の形成と 1999 年住崎の追加検討
先に注意点として述べておくが、以下の論考は日常的にトレーニングを行う、やや体育会系運動部の香りのするクラブような世界でないと成立しない可能性が高い。つまり日常的に練習の場がある前提になる。
現在の一般的なファンダイバーがインストラクターの管理下にない状態で以下のトレーニングを真似すると非常に危ない。そこは最初に注意しておきたい。
やっぱり緊急スイミングアセントを落ち着いてやれるようになるには、以下の練習は繰り返した方がいいんじゃないだろうか。
ぼく自身は当時、
- 50m までの漸増スキン並行潜水
- -10m までの漸増スキンダイビング
- エアステーション
- ロープを使わないスクーバ浮上
- 緊急スイミングアセント
などをトレーニングやゲストへのデモンストレーション、ファンダイブの場面でも日常的に繰り返していた。
しかし緊急スイミングアセントに本当に効果があったのは、これらの技術そのものではなく、「無呼吸状態で落ち着いて行動する経験の蓄積」だったのかもしれない。
もしかすると、これらの経験の蓄積が、1999 年に住崎の水深 -15m でエア切れを起こした際の落ち着いた対処につながったのかもしれない。
水深 -10〜-15m を含む水中で、呼吸を補助するものが一切なく、普通にそこにとどまれるという体験を、繰り返し何度も何度もするっていうのは、結構大事なことなんじゃないだろうか。
一つの仮説として人間は未知の状態に非常に脆弱で、経験した状態には案外適応可能であると推認できるんじゃないだろうか。
もちろん大前提として、いや、エア切れなんかするなって話ではあるんだけど。
エア切れ対策としてスキンダイビング訓練は有効かもしれないが、エア切れを許容する理由にはならないと断言してよいと言える。
でもまぁ、人間いろいろあってエア切れ起こすこともある。未熟と一刀両断することも可能だけど。
でも 1999 年からこれまで 27 年も自分自身を切り刻んできたんだし、住崎でなんで自分がああなってしまったのかの分析もある程度形が見えた。感情的に自分自身を切り刻むのはもういいかもしれない。
住崎でのエア切れについては、長い間ダイバーとしての未熟と一言で片付け、事故にはならなかったものの、ゲストを水中に置き去りにしたこともあって、27 年間ずっと自分を責め続けてきた。
でも 27 年経って、ここ 1 年以上に渡る解析の結果、ぼくが未熟だったことは事実としても、それだけでは説明しきれない部分があるように思えてきてもいる。
未整理項目がまだまだあるので、そこはまだこれからも、もう少し輪郭を詰めていきたい。
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