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06 月 15 日 ( 月 )
Dive #167 和歌山県串本町 浅地 インシデント報告書
0 本報告書について
本報告書は、1994 年 9 月 11 日に筆者自身が参加したダイビングについて、当時の経験および残存する記録をもとに、2026 年時点の知見から再分析したものである。
関係者への再聞き取り調査は実施していない。そのため、当事者の意図・心理状態・判断理由について、当時の発言等によって確認できない事項は推定として扱う。
本報告書の目的は、特定個人の責任を追及することではなく、重大事故に至る可能性があった条件、判断および行動の連鎖を分析し、同種のインシデントおよび事故の予防に役立てることにある。
1 事実関係
1.1 件名
和歌山県串本町浅地における強流下での潜降不能ダイバー対応および複数の判断エラーの発生
1.2 発生日
1994 年 9 月 11 日 (日)
1.3 場所
和歌山県串本町 浅地
1.4 概要
台風 21 号のうねりの影響により、浅地の表層に非常に強い流れが発生していた。
事前確認の結果、水深約 -19m 以深では流れがほぼないと判断され、ダイビングは実施された。
エントリー後、ゲスト A 氏が水深約 -5m で潜降を停止した。
筆者が潜降を促し、異常の有無を確認したが、明確な応答を得ることができなかった。筆者は当時、A 氏が極度の緊張状態、またはパニックに近い状態にあると判断した。
対応の過程で、
- A 氏の潜降停止
- アシスタント (筆者) による深度管理上の問題を伴う介入
- インストラクターによる A 氏の深場への移送
- 別のゲスト B 氏による浮上途中でのロープ放棄
が発生した。
結果として重大事故には至らなかったものの、複数の重大リスクが顕在化した。
2 時系列
2.1 エントリー前
浅地到着時、海面には強いうねりと流れが認められた。
参加者の多くが不安を示していた。
責任者であるインストラクターは単独で海況確認を実施。
水深約 -19m 以深では流れがほぼないと判断した (実際に自身が潜降して確認)。
2.2 潜降開始
ゲストはラインを利用して潜降。
アシスタント 2 名は先行して水深 -19m で待機。
2.3 A 氏の停滞
A 氏が水深約 -5m で潜降を停止した。
アシスタント(筆者)が対応し、潜降を促すとともに異常の有無を確認したが、明確な応答を得ることができなかった。
筆者は、A 氏が極度の緊張状態、またはパニックに近い状態にあると判断した。
この時点で筆者は、A 氏の潜水を中止し、ボートへ戻すことを考えていた。
2.4 インストラクター介入
その後、インストラクターが A 氏への対応に介入した。
帰港後インストラクターから筆者に対して、「なぜ強流域から離脱させようとしないのか」という趣旨の指摘があった。
インストラクターは A 氏をさらに潜降させ、水深約 -30m 付近まで移動した。
したがって当時、筆者は「潜水を中止してボートへ戻す」、インストラクターは「潜降を継続し、強流域から離脱する」という異なる対応を選択していたことになる。
その後 A 氏はレギュレーター保持が困難となる兆候を示し、緊急浮上対応が行われた。
2.5 B 氏のロープ放棄
エキジットのために浮上中の別ゲスト B 氏が理由不明のままアシスタント・インストラクター (筆者) の目の前でロープを放棄。
強流により流され始める。
アシスタントがロープを保持したまま救助のために手を伸ばし、B 氏をロープへ復帰させた。
3 SHELL分析
3.1 Software(手順・運用)
3.1.1 問題点
- 強流下における実施・中止基準がチーム内で十分に共有されていなかった
- 潜降不能となったダイバーへの対応方針が統一されていなかった
- 異常発生時に「潜水継続」と「潜水中止」のどちらを選択するかについて、現場で判断が分かれた
3.1.2 影響
A 氏が潜降不能となった時点で潜水中止へ移行せず、対応が潜水継続を前提として進行した。
3.2 Hardware(装備・物理的条件)
3.2.1 問題点
- 強流下でのライン依存度が極めて高い
- 水中では意思疎通手段が限定される
3.2.2 影響
A 氏の状態把握が困難。
B 氏がロープを放棄した理由も不明。
3.3 Environment(環境)
3.3.1 問題点
- 表層に非常に強い流れ
- 台風起因のうねり
- 流失リスクが高い状況
3.3.2 影響
参加者に高い心理的負荷を与える環境であった。
認知および意思決定に影響を与えた可能性がある。
3.4 Liveware-Liveware(人間関係)
3.4.1 問題点
- インストラクターとアシスタントとの間に明確な権限差があった
- 経験の浅いアシスタントであった筆者が、インストラクターの判断に異議を示しにくい状況にあった
- A 氏への対応について、筆者とインストラクターとの間で判断が一致していなかった
3.4.2 影響
筆者は A 氏をボートへ戻すことを考えていたが、その判断を実行する前にインストラクターが介入した。
その後、インストラクターが潜水継続を選択したことに対して、筆者は中止を主張することができなかった。
4 個別事象分析
4.1 事象 1: A 氏の潜降停止
4.1.1 観察された状態
- 水深約 -5m で潜降を停止した
- 筆者からの潜降指示および異常確認に対して明確な応答がなかった
- 筆者は極度の緊張、またはパニックに近い状態と判断した
4.1.2 考えられる要因
- 強い表層流
- うねり
- 潜降時の高い心理的負荷
4.2 事象 2: 筆者による介入
4.2.1 行動
水深約 -19m で待機していた筆者は、A 氏への対応のため水深約 -5m まで急速浮上し、その後再び急速に深度を下げた。
4.2.2 評価
A 氏への対応を優先した結果、筆者自身が短時間に大きな深度変化を行うこととなった。
救援を行う側が自身の深度管理を崩したことは、別の事故要因となり得る行動であった。
4.3 事象 3:A 氏の深場への移動
4.3.1 当時の判断
帰港後インストラクターから筆者に対して、「なぜ強流域から離脱させようとしないのか」という趣旨の指摘があった。
このことから、インストラクターは A 氏をより深い水深へ移動させることで、表層付近の強流域から離脱させることを適切な対応と判断していたと考えられる。
4.3.2 評価
一方、筆者はその直前、A 氏の潜水を中止してボートへ戻すことを考えていた。
したがって、この時点では「強流域から離脱して潜水を継続する」という判断と、「潜水そのものを中止する」という判断が分岐していた。
本報告書では、潜降不能となり、明確な応答も得られず、極度の緊張またはパニックが疑われるダイバーについては、潜水継続ではなく中止を選択する方が安全側の判断であったと評価する。
4.4 事象 4: 浮上時の B 氏のロープ放棄
4.4.1 要因
不明。
4.4.2 評価
B 氏がロープを放した理由は現在も不明である。
ただし、強い流れのある環境でロープから離れたことにより、直ちに流失リスクが発生した。
筆者がロープを保持したまま B 氏に手を伸ばせる位置にいたため復帰させることができたが、位置関係が異なっていれば回収できなかった可能性がある。
5 結論
本事例を単に「A 氏がパニックになった事例」として理解するだけでは、事故予防上重要な部分を見落とす。
強い表層流とうねりが存在する環境の中で、
- A 氏の潜降停止
- 筆者自身の大きな深度変化
- 潜水中止判断の遅延
- インストラクターによる潜水継続判断
- B 氏のロープ離脱
という複数の事象が短時間に連続して発生した。
これらすべてが同一の原因によって発生したと断定することはできない。
しかし、強流とうねりによる高い環境ストレスが、参加者およびスタッフの認知、意思決定、行動に影響を与えた可能性は検討すべきである。
特に重要なのは、A 氏が潜降不能となった時点で、
「どうすれば潜降を継続できるか」
ではなく、
「この潜水を継続すべきか」
という判断へ切り替える必要があったことである。
6 勧告
6.1 強流環境におけるダイブ中止基準の明文化
強流環境下では参加者の不安や恐怖が急速に増大し、判断や行動に影響を与える可能性がある。
そのため、
- エントリー前に強い不安を表明した参加者
- エントリー後に潜降を拒否した参加者
- 指示への応答が困難となった参加者
については、潜降継続を前提とせず、ダイブ中止およびボートへの帰還を優先する判断基準を事前に定めておくことが望ましい。
6.2 高ストレス下で潜降不能となったダイバーについては中止を第一選択とする
単なる耳抜きの遅れ等とは異なり、強い環境ストレス下で潜降不能となり、意思疎通も困難となったダイバーについては、「潜降させる方法」を検討する前に潜水中止を検討すべきである。
6.3 権威勾配の影響を考慮したチーム運営
経験の浅いスタッフは、
- 上位者の判断への疑問
- ダイブ中止の提案
- ゲスト撤退の提案
を心理的に表明しにくい。
責任者は、
「危険と思ったら誰でも中止を提案できる」
という運用を平時から徹底し、権威勾配による判断遅延を防止することが望ましい。
6.4 高ストレス環境が認知・意思決定へ与える影響の教育
本事例では、
- ゲスト A の潜降停止およびパニックが疑われる状態
- ゲスト B のロープ放棄
- アシスタントの判断遅延
- インストラクターによる潜水継続判断
が同一の高ストレス環境下で発生している。
これらをそれぞれ独立した「個人のミス」としてのみ評価するのではなく、強い環境ストレスが認知および意思決定へ与えた影響についても検討する必要がある。
そのため、強流・低視界・荒天等のストレス環境では、
「自分自身も正常な判断ができなくなる可能性がある」
ことを前提とした安全教育を行うべきである。
6.5 強流時のエントリー可否判断の慎重化
本事例では、水深 -19m 以深では流れが弱かったものの、表層は極めて強い流れとなっていた。
ダイビングの安全性評価においては、目的深度での環境のみならず、
- エントリー
- 潜降
- 浮上
- エキジット
を含む全工程のリスク評価を実施すべきである。
特に、参加者の技量が混在するツアーにおいては、最も経験の浅い参加者が安全に行動できるかを基準として実施可否を判断することが望ましい。
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