The road Orz passed by 2026 年 02 月

02 月 11 日 ( 水 )

Dive #132 ぼくの 2004 年 第 1 章の終わりと 2025 年 第 2 章の始まりの物語

似たようなことを以前も書いたような気もするが、まあいいか。

当時のログブックのみんなの書き込みををクローズアップしたもの
お酒のことはどう見てもとても残念と書かれている (苦笑)

今日、訪問看護の看護師さんが来た時にずっとダイビングの話ばかりしていた。これまでのぼくのいろんな経験のことを。大山さんはほんとにダイビングが好きなんですね、と言われた。ぼくが再開前の最後のログブックに多くの人に書かれたコメントと一緒だった。

その日のログブックには大山さんがどれだけお酒が好きかもわかりました。なんて書かれている。みんな書いてる。全員書いてる。そんなに醜態を晒したんだろうか。

でもその日を最後にぼくは潜れなくなった。

そのときはもうインストラクターや開業は目指してなかった。なるべきじゃないと思ったから。

でもその日を最後にやっぱり潜れなくなった。ファンダイブにもぼくは戻れなかった。

2025 年の 9 月から再開する気持ちになれたのは師匠のおかげだ。

去年の 9 月 10 日、串本の備前びぜんのボートの上でぼくはやっぱり潜れないと思った。そしてそれを口にした。21 年経っていても本当にもう無理だと思っていた。潜る資格なんてないとすら思っていた。

でも師匠は「おれが面倒見てるのに潜れないとかふざけるな!!」と怒りながら、まるでぼくの首根っこをひっつかむようにぼくを無理やり海の中に連れて行った。

その備前を入れて 13 本。ダイバーとしての回復はまだ遠かったけれど、少しずつぼくはまた潜れるかもしれない、潜れそうだと思うようになっていった。

師匠はいつも大事な時期とタイミングでぼくを支えてくれる。そしてぼくの背中を押してくれる。支えてくれる。崩れ落ちそうになっていたら「しゃきっとしろっ!!」とぼくを奮い立たせてくれる。

だから 20 代だったころから師匠は恩人だと感じる。厳しすぎる師匠のことをいろいろ言う人は多いけれど、やっぱり師匠は 60 を過ぎてしまったぼくにとっても、今でもかけがいのない人なんだと思う。

昔より師匠はぼくにもガンガン怒鳴るようになっているけれど、やっぱり今の怒鳴り声のなかにも、ぼくにとってとても大切な言葉がぎっしりと含まれている。師匠の忌憚も遠慮も忖度も一切ないストレートな言葉は、やっぱりぼくにとって福音なのだ。その言葉にぼくは今でも救いを感じている。

そして今、海に戻る気でいる。もちろん歳が歳なのでインストラクターや開業なんて一切考えていないけれど、でも力まずに海に戻れるかもしれない。いや戻りたいと思っている。

海や師匠との向き合い方は、これまでとは違うかもしれない。でもそれはきっと悪いことではないと思う。本来のぼくに戻る、その過程なんだと思う。

だから師匠は心の中で、こいつこんなやつだっけ?って思うかもしれない。でも師匠に弟子入りしたときのぼくの姿がぼくにとってはイレギュラーな姿だったから。師匠はぼくのスタンダードの姿をあまりに昔過ぎてたぶん覚えていない。

だからもしかすると、そうだった、おれがインストラクターになりたてのときは、こいつはこんな変なやつだった、こいつは俺の店に顔を出すけれどずっと客じゃなかった、って思い出すのかもしれない。だとしたらぼくはそれがとても楽しみだし、クスクスと笑ってしまうかもしれない。

去年そのつもりは無くて、お別れになるかもしれないと思いながら挨拶に行ったのだけれど、師匠のもとに還ることになった。師匠のもとに還ることになってよかった。ぼくはそう思う。

今から考えれば、去年の 5 月、AI でできてしまった、たった 1 枚の絵から始まるぼくの自分のサイトへのいろんな書き込みが、最初は単なるお遊びに過ぎなかった書き込みが、自分のことを書くことに変わって行って、ぼくを海に引き戻すきっかけになったのかもしれない。

この絵の真ん中のキャラクターに、ぼくがやっていたブリーフィングをさせたくなってしまってから、いろいろ止まらなくなってしまった。だからこのキャラクターは若い女の子だけれど、きっとぼくなんだと思う。

ぼくのなかの彼女が、ぼくを 22 年ぶりに師匠に会わせ、そして海に引き戻した、そんな気がする。