Yahoo 知恵袋で興味深い質問があって、それに答えたのですが、あらためてぼく自身のサイトの今日のエンリーで整理したいと思います。なぜかというと間違った回答をしてしまったからです。質問者の方だけでなく全ダイバーに伏してお詫びします。
この質問を目にした時に真っ先に頭に浮かんだのが、いや 20 bar の差分だとダイビング・プロフィールに影響ないよ、ってことだったのです。だけどすぐに思い直しました。
いや、ぼくたちってオープンウォーターで空気消費量を計算して潜水計画に使いなさいってことを学んできて、ダイビングのたびに実際に計算してきました。そしてインストラクターやダイブマスター、アシスタント・インストラクターになった後は、ゲストに計算しましょうね、って電卓を貸して計算してもらってログにつけてもらうのが日常です。
なので今のダイバーもやってると思うのですが、やってますよね?
でもせっかく計算した数字って使うことを教えてないよね?ってことでこれまでこのサイトで書いてきたのが、PADI が最近力を入れ始めたエア・マネージメントによる潜水計画の話でした。PADI はオープンウォーターの講習から導入しています。オープンウォーターでの 50 bar ルールで書いている以上、その実用性はともかく、継続コースを含めて始めてるんだから、やっぱりえらい。
NAUI ももうちょっと頑張れ。元安全教育の業界リーダーだったんだから、って話は今は置いておきます。
ぶっちゃけタンクの中に入ってる空気をどれだけ吸えるのかを知っておくことは、ダイバーとして絶対的にいいわけです。でもそんなこと誰も教えてない、コース基準でもそこまで教えろとは書かれていない、でも自分で気がつく以外にないってのはやっぱりよくないな、と思ってこれを機会と捉えて、FP 200 と実際に充填されている 180 bar の差分である 20 bar って、どれくらいの体感空気量になるのか計算してそれを見てもらうことにしました。
前提としてダイバーがよく使う容量 10 リットルで FP 200 (常用圧力 200bar) のタンクを想定しました。FP が 200 なのに 180 しか入っていないというのは、よくあります。この 200 bar と 180 bar の差分である 20 bar の意味をこの稿では見える化してしまおうということになります。ぼくもきちんと数字にしたことはありませんでしたので、これを機会にということで。
実際に 10 リットルのタンクで 180 bar 充填されていて 50 bar 残す場合のシミュレーションは、後日やりたいと思います。ここでは Yahoo 知恵袋にあった 20 bar という差分にフォーカスしたいと思います。
前提として肺活量と 1 分間あたりの呼吸数を下表の数字であるという前提にします (この前提がまるっと間違ってるのですが、そのことは後で述べます)。この数字はもちろん個人差がありますので、上下に振れるというのは大前提になります。やっぱり体格差だけでなくオープンウォーター取り立ての人とインストラクターとでは一緒にすることはできませんし、海況、体調、ストレス状況で大きく変動するものなので。
| 成人男性 | 成人女性 | ||
|---|---|---|---|
| 肺活量 (リットル) | 1 分あたりの呼吸数 (回) | 肺活量 (リットル) | 1 分あたりの呼吸数 (回) |
| 4 | 20 | 2.5 | 20 |
それで実際に計算するわけですが、10 リットルタンクで 20 bar の空気の量というのは単純に掛け算ででます。10 × 20 = 200 リットルです。小学生の計算なので簡単ですよね?
それとぼくたちダイバーは環境圧の空気を呼吸します。これはダイバーなら誰でも知っています。それも加味して計算をした方が親切でしょう。なのでそうします。結果は下表のようになります。
| 成人男性 | |||
|---|---|---|---|
| 水深 | 絶対圧 | 呼吸可能数 | 潜水可能時間 |
| 0m | 1 気圧 | 50 回 | 2 分 30 秒 |
| -10m | 2 気圧 | 25 回 | 1 分 15 秒 |
| -20m | 3 気圧 | 16.6 回 | 50 秒 |
| -30m | 4 気圧 | 12.5 回 | 37 秒 |
| 成人女性 | |||
| 水深 | 絶対圧 | 呼吸可能数 | 潜水可能時間 |
| 0m | 1 気圧 | 80 回 | 4 分 |
| -10m | 2 気圧 | 40 回 | 2 分 |
| -20m | 3 気圧 | 26 回 | 1 分 20 秒 |
| -30m | 4 気圧 | 20 回 | 1 分 |
ぼくたちダイバーは当然潜ってますので環境圧 1 気圧ってことはないわけです。10 リットル、20 気圧がどれだけの呼吸数になって、ダイビングの時間にどれくらい影響があるのかを知っておくのは決して無駄ではありません。
また過去の自分の空気消費量や、過去の自分のログブックから、このダイビングポイントでの平均水深はいつもこれくらいだから、これくらいの時間は潜っていられそうと、潜る前に大雑把にでも把握しておくことはエア切れによる事故を防ぐことにつながります。
ご自身の空気消費量 (RMV) を使うと計算は少しだけ楽になります。お遊びでこのような計算をするのは、思ったより役立ちますし、自分はダイバーとしてどんなもんなんだ?とか体調が最良じゃないからこんな感じになりそう、ということを把握するのにも役立ちます。
是非ともご自身の過去のデータを利用して安全にダイビングを楽しんでください。
という具合に結論っぽいものものまで書いてしまったのですが、ここでぼくはちゃぶ台をひっくり返します。いや、星一徹みたいに怒ってるんじゃなくて、この数字どう考えてもおかしくね?って思うわけです。ぼくたちの体感にまったく合わないわけです。
それで、そもそも肺活量と 1 分間の呼吸数ってデータを前提にするのが間違ってるのでは?と考えました。ね?ちゃんと考えていくと、いろいろ出てくるわけです。ぼくはこんな風によく間違えて師匠に怒られます。
タンク内の使える空気が 200 リットルというのは、変えようがありません。だからそこは変える必要がありません。変えないといけないのは前提として仮定している肺活量と 1 分あたりの呼吸数です。
ぼくたちダイバーは頼りになるパーソナルなデータをダイビング毎に計算しています。おなじみの空気消費量です。当たり前ですが、これまで使った仮定の数字より、ぼくたちは実際に自分の状態を表している空気消費量を信頼します。これからはこの空気消費量のことを RMV と略記します。自分自身の RMV を使って計算し直しましょう。
当たり前なのですが、この RMV にはご自身の 1 回あたりの呼吸量と 1 分間あたりの呼吸回数が織り込まれていることになります。なので 20 bar の空気が何呼吸できるのか?という設問は省略せざるを得ません。でも呼吸可能時間はより正しく表すことができます。しかもご自身の RMV に合わせてです。
ぼくの場合の例を下表にまとめました。
| ぼく (RMV≒15) | ||
|---|---|---|
| 水深 | 絶対圧 | 潜水可能時間 |
| 0m | 1 気圧 | 13 分 20 秒 |
| -10m | 2 気圧 | 6 分 40 秒 |
| -20m | 3 気圧 | 4 分 26 秒 |
| -30m | 4 気圧 | 3 分 20 秒 |
いや、Yahoo 知恵袋の質問者の方の印象のように、けっこう影響がでかくありませんか?ぼくは正直き彼女の直感が正しいと思います。よくありがちな平均水深 -16m 程度のダイビン・プロフィールを仮定すると 4 分は差がでてきそうです。
ぼくは元アシスタント・インストラクターでもあり安全を重視する立場なので、彼女が主張するダイビングの時間が伸びるには同意しませんが (いや伸びるんですが、そういう発想はやめてって言います)、20 bar は安全には絶対寄与するよね、ってことには完全に同意します。
ただしタンクという容器そのものの安全を度外視すればという条件が付きますけれど。
やっぱりぼくたちのような古いダイバーは、まだ高圧容器の法整備が充分に行われてなかった頃のタンクの破裂による悲惨な事故も知っているわけです。見たのではなくて伝聞になりますけど。
串本だったそうですが潮岬沖 (今で言う波ノ浦のあたりだったそうです) で足元のタンクが破裂して、両足断裂して亡くなったまだ二十歳になっていない若者の話なんかを聞いていると、安全のために 20 bar 充填する圧力を減らしてるっていうのはわかるわけです。
昔のタンクって FP 150 充填が普通だったのですけれど、それが破裂しただけで両足が断裂するくらい人体が損傷されるわけです。ましてや現在は FP 200 がスタンダードです。それがもし破裂したらただでは済まないわけです。
タンクはスチールかアルミですから、空気を充填して消費してというのを繰り返すと、あたりまえですが金属疲労は絶対に起こすわけです。しかも 200 気圧というとてつもない圧力がかかるので、御巣鷹山に落ちた JAL の圧力隔壁とは負荷の比ではないわけです。だから毎年の耐圧検査が義務付けられている。
昔々ぼくがダイビングを始めるより前にタンクのことをボンベと呼ぶのが普通でした。ボンベって爆弾って意味です。それだけ高圧容器って危険物としてみなされてきて今も法律で厳しく管理をすることが定められていて、定期的な様々な検査をしなければならないわけです。
なのでぼくは FP 200 のタンクに耐圧ギリギリの 200 bar を詰めるのではなく 180 bar までしか空気を詰めないというスタンダードを支持します。やっぱり怖いですもん。