バイクで走ることが生きがいの女がダイビングに挑戦した結果という動画を見ました。
アシスタント・インストラクター業務の経験者、ダイブマスターコース受講経験者としては、見ていて最初からとてもハラハラします。正直見ていてとても怖い。
引率している女性がインストラクターなのかダイブマスターかはわかりません。わかんないですけど、とりあえずスキルの説明をしていることもあり、以降インストラクターと呼ぶことにします。
動画投稿者でゲストでもある彼女は YouTuber だということなので、以降は YouTuber と呼ぶことにします。
ぼくはこの動画を見ていて、引率者であるインストラクターの行動がぜんぜんわかんないわけです。
YouTuber は認定ダイバーではありません。動画中で彼女自身が体験ダイビングしか経験がないと言ってることや、最初のブリーフィングや準備中の言動を見ているとダイビングのことをまったく何も知らないことが明らかに見て取れます。
おそらくは彼女は本当に体験ダイバーでありダイビングの素人です。ダイビングの素人であり、水中での行動がとても危うい彼女を、インストラクターがほとんど顧みないことは、職業倫理上許されることではありません。
ですがこのインストラクターは YouTuber を連れて海に入ったら、ほとんど振り返ることもなく YouTuber の前方 3 〜 5m 前に位置して、前方を向いて泳いでいます。
もうこの時点で、ぼくはなにがなんだかわからないわけです。
YouTuber は体験ダイバーです。認定ダイバーではありません。にもかかわらずこのインストラクターは認定ダイバーの引率時とまったく変わらない位置取りで先行しています。
それだけではなく、インストラクターはほとんど後ろを振り返りません。つまりこのインストラクターは、素人の YouTuber をほぼ放置した状態で、どんどん先に泳いで行っている、そのようにぼくには見えてしまいます。
通常インストラクターやダイブマスターは、ゲストにトラブルが発生していないか、あるいは発生しそうにないか、全てのゲストの呼吸音に注意するだけでなく、頻繁に振り返ってゲストに問題がないか目視で確認します。それは認定ダイバーにであってもそうします。
そうしないと、なんでこんなに静かなんだ?と振り返ったときに、呼吸もせずに動かなくなって沈んでいるゲストを発見することになりかねないからです。
普通インストラクターやダイブマスター、アシスタント・インストラクターはゲストは事故を起こすものだという前提で行動し注意を払います。そうしないとどんなベテランであってもゲストというものは非常に危ういものだからです。
ですが動画のインストラクターには、そんな当たり前の動作が見られません。
つまりこのインストラクターは、水中という空気がない環境で、ゲストのことをほぼ見ていないことになります。
このインストラクターは、もしかすると普段から何も考えることなく、ゲストを水中に案内しているのではないかという、とても怖い疑惑すら浮かんできます。
ゲストが浮上のハンドシグナルを送ったときも「耳抜きがうまくいってないの?」とか頓珍漢な応答をしています。いやこれまでのゲストの水中での落ち着きのなさから、問題はそんなことではないのは明らかです。
問題はこの YouTuber はダイバーではない。ただその 1 点が動画冒頭からの問題であるということになります。
ダイバーではないということは、一切学科講習を受けていないし、トレーニングも受けていないことを意味します。仮になんらかの知識を持っていたとしても情報源は雑誌やネットなどであり、それらがどれだけ間違っていて危険であるかは、インストラクター、ダイブマスター、アシスタント・インストラクターなら知っているはずです。
残念ながらダイビングは、本を読んだりネットを見ただけで、見様見真似でできるようになるものではありません。体験ダイバーは何百本潜っていたとしても、体験ダイバーのままでダイバーでは決してないことをインストラクター、ダイブマスター、アシスタント・インストラクターは絶対に忘れてはいけません。
動画内のインストラクターを見ていると、インストラクターにまで進まなかったぼくであっても、実務経験者としてはなぜ?と思ってしまうわけです。
動画が進んで、YouTuber が水中のストレスに耐えられずにいよいよダメだとなったあとは、さすがにインストラクターはまともな対処をしています。
相手が仮に認定ダイバーであれば、手をつなぐところまでやらないとダメなのかは議論がわかれるところです。でも今回は相手は体験ダイバーであり素人です。手をつないで誘導するのは当たり前のことです。状況にも依りますが、仮にきちんと泳げる体験ダイバーであっても、すぐさま介入できるようにインストラクターはゲストの真横に並び、50cm 以上は離れるべきではありません。
そういった当たり前の注意と行動を怠るということは、最悪その体験ダイバーを自分の案内中に死なせかねないということを意味します。
それじゃぁ、本当にガイディングをしている動画のインストラクターが無能なのかというと、動画からははっきりとはわかりません。
もしかするとは動画では秘匿しているけれども、実はこの YouTuber はオープンウォーターを履修してダイバーとして認定されているのかもしれません。そうは見えませんけれど。
素人が頑張って潜っているっていうコンテンツは何もダイビングのことを知らない素人には受けがよく、今の YouTube の仕組みではお金になりますから View を稼ぐために素人のふりをした動画を撮ることは珍しくはないでしょう。
もしそうであるなら、引率のインストラクターの行動もわからなくはありません。
必要に応じて認定ダイバーに指示を出すことで介入し、必要以上に実際に手を貸さないというのは、インストラクターとしては普通の行動です。ゲストにあまりに手を貸してしまうと、ゲストの潜る能力が失われるだけでなく、まるで無力な子供のように依存性が強く、ゲストを自立心が一切ない体験ダイバー以下の存在にしてしまうからです。
なので問題になりそうな認定ダイバーに対するサポートとして、指示を出して認定ダイバーが自分の力で対処することを見守り見届けることは、インストラクターとしてとても大事です。インストラクター、ダイブマスター、アシスタント・インストラクターにストレスによる胃潰瘍持ちが多い所以です。
ただ動画を見ていて思うのは、仮にこの YouTuber が認定されたダイバーだったとして、認定基準を明らかに満たしていないということがはっきりとしています。
ですから、もしかすると認定すべきでない受講生に認定証を発行した上流のスクールのツケを、縁もゆかりもないこのインストラクターが払わされて押し付けられているという理不尽な状況を、この動画が示しているのかもしれません。
あともう一つ思ったのが、カメラを回している彼はなんなのか?ということです。もしかしてダイブマスターだったり、それこそインストラクターだったりするのでは?という疑念もあります。
もしそうならこの YouTuber の体験ダイビングを無事に終わらせるための機能の一翼を担わなければならないはずです。彼は彼女と一緒に現地に示し合わせてやってきたわけです。ですから、現地の迎え入れる側としては、当然彼を「引率者」として認識します。本来彼が YouTuber の面倒を見るものとして考えます。
もしそうであるなら動画中のインストラクターの位置取りや、YouTuber に対するチェックの薄さは当然とは言えなくても、あり得るとは言えます。
インストラクター資格、あるいはダイブマスター資格を持つ頼れる人間が YouTuber のバディであるなら、安心してガイディングに専念するということは充分に有りえます。それが本来の仕事ですから。
もしそうなら、動画の後半でインストラクターは、YouTuber へのサポートに全力を傾けていることからわかるように、もしかしたらバディがトラブっているのに平気でカメラを回し続けている男性ダイバーに腹を立てていて、心の中で罵っているかもしれません。
お前が連れてきた YouTuber の女がトラブってんのに、なにカメラ回してんだよ!!ちゃんとお前のバディをサポートしろよ!!このボンクラがっ!!この娘が死んだらどうすんだよっ!!カスがっ!!、と心中穏やかでなかったしてもまったく不思議ではありません。
実はぼくも、そういう経験があるので、そういったケースがあり得ることは理解しています。もしそうなら、どちらかというとぼくは、動画のインストラクターに同情してしまうのです。
同様の経験が複数あるので、ぼくも勤務経験期間は短いので偉そうなことは言えないのですが、常勤でショップやサービスに勤務する経験がまったくないか、あまりないインストラクターやダイブマスターって、ぼくはプロだとは思っていません。彼らはファンダイバーと一緒でゲストの安全管理なんて考えていません。
ぼくは仕事で取り組んで現場で叩かれ続ける経験がない彼や彼女たちのような人たちを危うい人だと思っています。だって本当に彼らはゲストのヒヤリハットにすら気が付かないのですから。内心ではもっと辛辣にカードだけの人って思ってたりします。
ただ、やっぱりわからないのです。けっきょくこれまで書いてきたことは、事実確認しようがないことを想像で書いてきたわけですし、そもそもこれまでインストラクターと書いてきた彼女がインストラクターなのかどうかもわかりません。彼女のトラブル後の行動からやっぱり彼女はちゃんとしたインストラクターなんだなとは思いますけれど。
ぼくはそもそも舞台となっているダイビング・サービスのスタッフだったこともありません。知ってるサービスですけれど。でもそんなおかしな話は聞かないサービスです。
最後にぼく自身のために整理します。
そんな感じでやっぱり次々と疑問が浮かんできては、それに対する回答も得られずもんもんとしてしまう動画なのでした。